いまを生きる

あの時、ファーストにボールを投げていたら。
49歳となった今でも、小学生のときの野球少年時代の後悔が思い出される。
その後悔の念をここに言語化することで浄化できるかもしれない。
そんな思いで、書いてみようと思う。
 
小学校のころ、野球少年団に入っていた。
私が小学校の頃は、今と違って水は飲むな、根性出せのような時代だった。
監督も怖く、見学に来ている親たちも怖かった。
 
「なんでできないんだ、お前まじめにやっとるんか?」
 
よく怒られていた。それも罵声で。
褒めて育てるなんて理論は欠片もない。
はっきり言って楽しくなかった。
 
私はそんなに野球はうまくなかったのだ。
それなのに、メンバーの人数がそれほどいなかったので、
ぎりぎりレギュラーになってしまい、サードを守っていた。
いや守らされていたと言ったほうがいいかもしれない。
 
良く遠征に行って、練習試合をやっていた。
今は親が車で送り迎えするが、当時は自転車に乗ってみんなで連れ立って行ったものだ。
途中で自転車がパンクし、大遅刻するものもいた。
いまとなっては懐かしい思い出である。
 
ある練習試合のことである。
私は、この歳になるまで猛烈に後悔していることがある。
あの時、なぜファーストにボールを投げなかったのか。
何度も何度も思い出し、後悔の念にかられている。
忘れられない思い出だ。
 
9回裏、1アウト、ランナー1塁、2塁、一打逆転の場面。
私はサードを守っている。
こっちにボールが飛んでこないように祈りながら。
こちらにボールが飛んできて、私のミスで逆転サヨナラ負けなんて、
とてもじゃないけど、かっこ悪いし、恥ずかしいし、耐えられない。
だから、ボールが飛んでこないように祈った。
そんな祈りをしてしまうような、情けない少年だったと思う。
 
そんな場面で監督から、
 
「1つずつアウトをとっていこう」
 
と声が掛けられた。
そう、こんな時は確実に1つずつアウトを取っていけばいいのだ。
難しいことはしなくていいのだと、自分に言い聞かせた。
 
「こっちに飛んでこないでくれ」
 
何度も何度もそう願ったが、その願いはかなわなかった。
 
バッターが鋭くバットを振ったかと思うと、
サードを守っている私のほうにライナーが勢いよく飛んできた。
 
「うわっ」
 
と声にならないような言葉を発したような気がする。
そして、慌てて構えたグローブに、たまたま飛んできたボールが入った。
たまたま捕れたのだ。
 
「おっ、とれた」
 
一瞬で安心感。
と思ったのも束の間、みんなから
 
「おいっ、早くファーストに投げろ」
 
と大きな声が飛び交った。
ファーストランナーが飛び出していたので、いま投げれば確実にアウトになるタイミングだった。
 
しかし、私は投げなられなかった。周りが一瞬静まった。
「1つずつアウトをとっていこう」という言葉が頭の中に残っていて、
難しいことはしなくていいと言い聞かせた心と身体は動かなかった。
 
ファーストランナーがベースについて、ひと時が経ったとき、
周りがざわつき、静寂が破られた。
 
「なんで、ファースト投げんかなぁ」
 
という声が聞こえてくる。
 
私は、「1つずつアウトをとっていこう」という言葉にこだわりすぎて、
今起きていることに対応できていなかったのである。
今起きていることをちゃんと把握して、ファーストに投げていれば、
アウトが取れて試合終了だったのに。それができなかった。
アウトをまずは1つ取ればいいと思い込みすぎていた。
 
もう、あの時には戻れない。
あの時の後悔が今も何度も何度も思い出られる。
本当に苦い思い出だ。
あの時、なぜファーストに投げなかったのか。
なぜチャンスを逃したのか。
そういう経験、後悔があるから、
大人になった今、絶対チャンスは逃さないと思っている。
今しかできないことを今やらないとチャンスを逃す。
 
過去には戻れないのである。
そして、チャンスは先にも伸ばせないのである。
今やらないとダメなのである。
 
「チャンスの神様は前髪しかない」とはよく言ったものだ。
 
チャンスは向こうから来た時にしかつかめない。
過ぎ去った後では遅いのである。
 
その瞬間、その瞬間、その一歩を踏み出すべき時がある。
もう絶対にその瞬間は逃さない。
もうこれ以上繰り返される後悔に苛まれるのは懲り懲りである。
 
そう、いまを生きるのである。
 
そして、チャンスを逃した失敗談は、小学生の時の想い出となり、
人生において必要な失敗だったとして、浄化されるのである。